昔はアグレッシブな姿勢が中国・上海への道筋をつけてくれた。今の僕はその時の姿勢のままだろうか?

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本日は花城健の人格形成の要素の一つである

アトピー

について内省・考察・過去の経験を振り返ってみる事で、自身の気づき、今後の人生の

取り組み方に反映させたいと誓うブログとなります。

つらいのは自分だけ・誰も分ってくれないつらさと、自暴自棄

一応、アトピーの治療経過をつづっている別のブログも思いっきり顔面公開でやっているのですが、正直ここ2か月ほど更新していない…。

続けるって難しいですね。

生まれたころからアトピーという皮膚の病を抱えて育ってきたワタシは、

治りたいと思う一心で様々な治療法を体験・経験してきました。

昨夜、お風呂入ったっけ?という、記憶喪失気味な海馬から過去の治療体験を

なるべく時系列につづります。

  • ステロイドの内服・外用薬(積算・12年)
  • オロナインH軟膏(1~2年)
  • 漁師にアトピーはいない、という事で付近の海で泳ぐ
  • キヨレオピンという液体をカプセルに入れて飲む(1~2年服用)
  • クロレラ(3~4年服用)
  • 温泉が皮膚にいいという事で確か北海道あたりの温泉粉を自宅風呂でトライ(1~2年)
  • 医者半分・ユタ半分という沖縄の格言から霊媒師?の力を借りる(通算2,3回)
  • 馬油(1年も続かない)
  • ネットワークビジネス製品のマナテック(勧めた人は白血病が完治した事から勧めてきた)
  • 高校3年に口コミ経由で上海出身・先生の漢方薬治療ですっきり治る!
  • ホメオパシー治療(3年ほど)
  • 今現在・ステロイド外用薬と漢方治療併用で継続中。(3年ほど)

う~ん、結構やってきてますがな。(もっとあった気がするが思い出せないw)

ある種、誇るべき負の遺産・いや、負の遺産ではなくむしろプラスかもしれません。

そう思えてきた昨今であります。

赤線部の漢方治療を1年ほど続けると、神奈川へ上京するころには皆さんと同じ程度の皮膚。

半袖を着て外出することの幸福感・体を動かす事の皮膚の違和感も全くなく、

汗をかいても痒くならない健康な皮膚を手に入れると、こんなにも快適な生活・積極的になれるんだ、と生まれ変わったワタシは

若さゆえの勢いで、呑んではだめのビール・焼酎はコップ1杯までよ💛の先生の言いつけも

勿論破ることで今までの幼いころからの憂さを晴らすかのような、

呑んだくれ、夜から朝までの遊びをそれなりに味わい尽くすのでした。

(多分、一般の若者がやる程度ですよ。活字で表現すると盛っているように見えるなぁw)

呑んだくれの反動でアトピー再降臨。恐怖でしかなかった生活。

神奈川から愛知県へ転職。

トヨタ自動車でクルマ製造の流れ作業を務めていたころ、じわじわと皮膚に発疹が。

『今度のお盆の帰省に合わせてまた、あの先生に診てもらおう。』

帰ると、その先生は沖縄から出ており、中国に戻ったんじゃないか?と

いう風の知らせを聞く。

血の気が引くとはまさにこのこと。

その後の経緯を若干はしょりますが、沖縄県で建設機械リースの整備・配達作業で

機械オイル・泥などの皮膚に優しくないお仕事に従事していたワタシは

このままではイカン!現状打開はあの先生のあの漢方しかない!!

そのお仕事の合間を縫って情報収集作業。

高校性のころ、先生との会話の中で当時、琉球大学の夜間大学に通われており、

准教授?教授?の称号をいただいた…という記憶が

かすかに残っており、それを頼りに琉球大学・事務所へ突撃訪問。

唖然とする職員は目に入らない。なぜなら、俺はアトピーを直したいから!

どうやら、最近、横浜でシンポジウムなるものを開いたようで、

その事務局へ問い合わせ頂き、個人のプライバシーなんたらだから、連絡先はちょっと…

と言われるも、

『何とかしてくれ!このアトピーを直せるのはあの人しかいない!!』

熱量熱く訴えて連絡先確保。

その後、仕事先のファックスから上海の先生とやり取り。

日程調整も慎重に行い、

初海外へアトピー治療目的で乗り込む。

勿論、上海の言葉なんてニイハオ・シェエ、シェエぐらいしかわからず。

空港に降り立ち、誰も知り合いがいない現地で本当にあの先生に会えるのか?

不安感もあったが、なにより、熱量・必死さ・覚悟だけでここまで事を運んだという経験が

ワタシの背中を後押ししてくれました。

様々な事業を展開している女性社長として活動されていた彼女の顔に出会えた時は、

涙がでてしまったなぁ。これで救われるんだって。

私以外にも何百人と沖縄で診察してきた彼女はワタシの事を勿論、

覚えておりましぇんでした。(笑)

その後の経緯もはしょりまして、

通算6回?(パスポートのスタンプの読み方がわからん)

沖縄から、愛知県から、上海まで治療旅行を経験いたしました。

ふさふさやで(笑)頭髪が。 もう期限切れてるんだなぁ

ふさふさやで(笑)頭髪が。
もう期限切れてるんだなぁ、パスポート。

原材料を2か月分調達。自分で調合。重さは冗談抜きに 15キロくらいあったと思う。(笑)

原材料を2か月分調達。自分で調合。重さは冗談抜きに
15キロくらいあったと思う。(笑)

こうやって念入りに下調べしてたんだなぁ、偉い、偉い(笑)

こうやって念入りに下調べしてたんだなぁ、偉い、偉い(笑)

お札や!お札! 今ならいくらなんだぁ~!

お札や!お札!
今ならいくらなんだぁ~!

このホテル、お風呂場から黄色いシャワーを浴びたわぁ~! 水質、水質って大事やで!

このホテル、お風呂場から黄色いシャワーを浴びたわぁ~!
水質、水質って大事やで!

読み方がわからん

読み方がわからん

断捨離に関しては躊躇なく、捨てることの出来るワタシでも、この上海グッズだけは

捨てきれませんでした。

残してよかったなと思ってます。

何度も言うように、花城健という人格形成に否が応でも関わり続ける

相棒みたいなもんですから。

花城健 イコール アトピー

この公式は今の所、世界の常識として認知不足ですが、

この、

今までつらつらと書いてきた事実を振り返ると

行動を起こしたがゆえに見えてきたものがあるんですね。

お前はその当時の熱量で仕事に、人生に取り組んでいるのか?

反省すべき 『今』です。

時間の経過と共に、あの時のアグレッシブさは薄れています。

心のどこかで食べていければいい、という変化を恐れる自分もいます。

若さゆえの勢いは過ちこそ多々あるもの、

その推進力・突破力は眼を見張るものがあるのもまた、事実。

この体験・経験は誇るべきものが今、たいしてないワタシの

皆さんに公表できる少しばかりの自慢です。

結果としては、上海の渡航治療では治りきるまでには至りませんでした。

彼女も上海の環境事業の取り組みで忙しく、ワタシの治療に時間を注げなくなったこと、

『70%まで良くなっているから、あとは、あなたの精神の在り方、食生活、体を鍛えるなどして、自分と向き合いなさい』

という風な言葉だったと記憶してます。ちょっと美化しているかな。

そうして、今現在もアトピーと向き合い、共存し、以前よりは

心穏やかにこの病と向き合ってます。

さぁ、明日もお仕事を頂ける『今』に感謝しましょう。

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花城 健

合同会社 代表社員兼 介護タクシーめぐり運転手  1978年 沖縄県・金武町生まれ   旅行をあきらめる障がい者・歩行に不安のある高齢者へ沖縄観光の成功を一緒に考え、現地ならではの情報提供を行い、ゆったり・ゆっくりの小旅行を企画する日本で数少ない駆け込み寺型の福祉・介護タクシードライバーでもある。 良質な情報に触れ・多少の不便を受け入れ・体験したいコトを明確にすれば、障がい者高齢者の旅行は必ず叶えられると確信しています。 THE  YELLOW MONKEYをこよなく愛す。 趣味・三線 読書 一人カラオケ ジムニ―イジり 落語・歌舞伎鑑賞 ウィングスーツ滑空妄想 資格: ヘルパー2級・視覚障害、身体障害者ガイドヘルパー・認知症サポーター・実務者研修(痰吸引・経管栄養)・手話3級・運行管理者(旅客)  実績事業: 障がい者外出の移動支援事業、高齢者通院支援事業を自治体より委託契約 身体障がい者福祉協会・会員の福祉向上送迎事業受託 発達障がい児通学送迎事業受託
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