一日を・一瞬を・刹那を大切に生きねばと決心しても忘却する南国のホモサピエンス

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
s-DSC_1932

学んだはずなのに、忘れてしまいます。

気づいたはずなのに、忘れてしまっています。

そうした方がいいと分かっているのにそれをしません。

ああすれば良かったとその時思っても、同じ過ちを繰り返します。

大切な人だと気づくのはその人が亡くなってからだったりします。

福祉・介護タクシー運行で時折遭遇する命の灯

その方はガンでした。

七福神でいう恵比須顔のような笑顔が優しい女性でした。

一時期、がん治療後の定期検診に伴う病院への往復送迎を行っていました。

タクシー車内で「こんな便利なタクシーがあるんだねぇ」とおっしゃいました。

この一言が我々タクシードライバーのモチベーションなのです。

さりげなく言って頂けるとさりげなく口角が上がってしまいます。

時折、家族の諸事情も伺いました。

私と関わった時はその方はお一人暮らしでした。

近くに歌が上手いらしい友人がいらっしゃいました。

私は聞いたことはありませんでしたが、その方が嬉しそうに仰るものだから間違いないのでしょう。

病院までの移動時間は片道45分でした。

その時間が幾日か積み重なるごとに絹糸のような関係性が紡ぎあがっていました。

あくまでも介護タクシーを利用するお客様と

安全運行を遂行するドライバーの関係性です。

それ以上でもそれ以下でも無く、しかしながら、その移動空間だけは他人ではなかったのです。

どうやら状態が安定したようです。

私の介護タクシーを利用せずとも日常生活を送れるほどに回復され、定期検診の頻度もゼロに近くなりました。

私の売り上げは下がりました。

移動時間が中距離であるために、本音を申せば、「オイシイ」お客様だと思っておりました。

しかしながら、いずれくるであろう介護タクシー利用に備えて

コンタクトだけは取り続けました。

とはいっても、毎月訪問したわけではありません。

こちらがいくら売り込み臭を消して接しているつもりでも、売り込み臭は毛穴から漏れ出ているものです。

そのような事をネガティブに考えていた私は不定期に突然訪問する形をとりました。

当然、不在の時もありました。

ある時はドアを2,3回ノックしても返事がなく、2.5センチスキマから見えるテレビ前のソファで身体を休めている様を確認すると足早にその場を去りました。

ある時は、いつもの恵比須顔で迎えて入れて下さり、さんぴん茶とハッピーターンらしきパウダー状の粉末がまぶしてあるお菓子を下さいました。がん治療で抜け落ちた頭部を覆い隠すかのようにピンク色のキャップをかぶって私と30分ほど談笑しました。

「また何時でも来てくださいよ。」

と少し疲れたような顔で、しかし、柔らかい笑顔で玄関先まで送ってくださいました。

そのような月日から1年後くらいでしょうか。

相談員からあの方が再び入院されたと情報を聞きました。

ついては入居するであろう有料ホームから指定先病院までの定期検診に関わる往復送迎の見積依頼を承りました。

「またあの方とお話が出来るのかな、」という楽しみな気持ちと、不安定な運行事業のスキマを埋めてくれるやもしれないという、経営目線の渇望欲がジワリとにじみ出ました。

その見積依頼提出から3か月近く経過してもその方とのおしゃべりの機会に恵まれませんでした。入院が長引いているんだろうか、と思い出す事はあっても5秒後には営業どうしようかな、とか、土曜日の模合でビール2杯を15分以内に摂取してやろう、などと何時もの思考回路がその方の残像を消し去るのでした。

人は死に向かって生きている

なんて格言ぽい言葉を読書で何度読んだことだろうか。

この年になってくりゃ、お世話になっていた方や、友人知人や、家族の死に向き合う事が多くなる。私の親父も今はこの世にいない。孫の顔も見せてやれなかった親不孝者である。未だに結婚と言うスタートラインにも立ち会っていない事が更に親不孝を加速させている。

入居するであろう有料ホームに営業に行った際、私は、あの方が入所されているやもしれないという伺いを込めて相談員に「❍❍さんて、入所されて、、、います?」と、発した3秒後に

「1か月前に亡くなられました。」

思わず左手を口にあてがってしまった。

ショッキングであった。

何故かショッキングであった。

実はこの福祉・介護タクシーと言う旅客運送事業で時折味わうお客様との別れである。

1週間前に送迎した方の喪中知らせの看板を国道から目にすることは時折ある。

10年以上携わってきて幾度も体感してきた。

その度にこう思うのだ。

「昨日笑っていた人が翌日にはこの世に居ない、一秒一秒大切に生きないと後悔するな」

「あの時言えなかった言葉。後悔しないように思っている事は言葉に出さないとな」

「命が何時終わっても悔やまぬよう、やるべき事を先延ばしにせずやり続けよう」

「大切な人には貴方が大切だと言葉に出してみよう」

それらの教訓があの方の死をもって再び揺り動かされるのだが、

その教訓が半分も活かされた事はない。

何故なら本気でそう思っていないからだ。

今までのスタイル・思考概念でやっていけると勘違いし、それでいいと自我を抑圧するからだ。

そろそろ変えねばなるまい。

そう噛みしめながらいつものファミリーマートでブラックサンダーをガツっと噛みしめてやった。

The following two tabs change content below.

花城 健

合同会社 代表社員兼 介護タクシーめぐり運転手  1978年 沖縄県・金武町生まれ   旅行をあきらめる障がい者・歩行に不安のある高齢者へ沖縄観光の成功を一緒に考え、現地ならではの情報提供を行い、ゆったり・ゆっくりの小旅行を企画する日本で数少ない駆け込み寺型の福祉・介護タクシードライバーでもある。 良質な情報に触れ・多少の不便を受け入れ・体験したいコトを明確にすれば、障がい者高齢者の旅行は必ず叶えられると確信しています。 THE  YELLOW MONKEYをこよなく愛す。 趣味・三線 読書 一人カラオケ ジムニ―イジり 落語・歌舞伎鑑賞 ウィングスーツ滑空妄想 資格: ヘルパー2級・視覚障害、身体障害者ガイドヘルパー・認知症サポーター・実務者研修(痰吸引・経管栄養)・手話3級・運行管理者(旅客)  実績事業: 障がい者外出の移動支援事業、高齢者通院支援事業を自治体より委託契約 身体障がい者福祉協会・会員の福祉向上送迎事業受託 発達障がい児通学送迎事業受託
シェアする
Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedInPrint this pageEmail this to someone
  • このエントリーをはてなブックマークに追加