発達障がい児への叱り方はどうあるべき?人様の子供となれば尚更だ。しかし…?

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ご縁があって発達障がい児の通学送迎に携わっている。とはいっても利用者自宅~特別支援学校停車バス停までの片道なのだが。運行時間10分にも満たない僅かな時間だがクスッと笑える不思議な時間に出会えたりする。

介護タクシーに乗車する前はムスッとしていたものの、5分ほど走らせルームミラーを見るとニヤッと笑った姿を見たり、バス停付近に落ちている空き缶を路地にあるゴミ箱にきちんと入れたり、いつもの位置にあった介護タクシーのリーフレットの表裏が逆になっているとこれまたキチンと元の状態に戻さなければ気が済まない気質を見ると、繊細であり神経質でもあるんだなと見えた。

余談だが手工芸の類、手を使ってのモノ作りは得意分野だそうだ。ワタシらが日頃ぼやっと眺めている景色・日常を食い込んだ視点て観察している意識が手先の繊細さに直結して表れるのだろう。

子供とは自然だ

ベストセラーバカの壁 (新潮新書)の著者・養老孟司氏の発信でやたら耳に残っているキーワードだ。子供の本能に任せた動き・思考と自然の猛威や天候変化など、大人の我々はいまだ的確に判断する事は出来ないという氏の発言。その通りだと思う。言っとくがワタシは独身でバツすらもついていない穢れなき純朴初老である。そんな家庭を持たないワタシでも友人知人の子供と接したり子育てエピソードを聞いたり介護タクシーの運行を振り返ると、妙に納得できるフレーズなのである。

本題に入ろう。

毎日送迎している生徒は介護タクシー車内ではすこぶる静けさを漂わせ、目的地・バス停までこちらの手をかけるまでもなく穏やかに運行が行えている状況。言葉はほぼ発せず。こちらの問いかけ、親御さんの語り掛けにはうなずいたりはするものの同意でなければ無反応である。(のように見えるだけとも言える)

ワタシも基本、べらべらと喋りかけるわけでも無く一言・二言程度で毎日が過ぎているといった感じだ。

ある日の事。

紙コップのコーラを片手に持ちながらすたすたとやってきた。ワタシはその時、注意しようかなと思ったが、まぁ、今日だけは見て見ぬ振りしようかと親御さんとのやりとりを済ませ介護タクシーを走らせた。

「申し訳ないです、介護タクシーに持ち込めないよって注意しても聞いてくれないんです。」

ワタシ

「いやいや、いいですよ。まぁまぁ。」

そうやっていると今度は2日後に食器に入ったおかずを片手に持ちながら介護タクシーに乗り込んできた。ワタシはあっけに取られながらもその刹那、注意しようかどうかすごく迷った。この時の状況を振り返りながらブログを書いているのだがワタシは区別していたのだ、健常の児童と発達障がい児を。健常児なら「タクシー・バスの中に食べ物・飲み物持ち込んだら駄目だよ、皆が利用する場所だからね」とでも注意しただろうが、同様に𠮟りつける事が果たして正解なのか?と考えたのだ。(考えすぎたともいえる)

やっちゃいけない事を注意する・指導するに正解も不正解もないのだと思うのだが当時のワタシはこの発達障がい児との険悪な空気につながるんじゃないかという思い込みに縛られていた。いや、潜在意識のどこかでこの生徒に嫌われるんじゃないかという思いもあったのだと感じたし、このまま見て見ぬふりをすればいいんだと思い込もうとしていた。

一度ある事は二度あるわけで、それからも度々飲食物を持ち込むようになった。

何だか、モヤモヤする。それって注意すべき場所・タイミングで注意できない自分に違和感を感じているし腹も立っているのだ。このままでいいわけがない。翌日、同様にコップにこぼれそうなくらいなみなみ注がれたお茶を持ちながら介護タクシー車内に乗り込んできた。親御さんも非常に申し訳なさそうだ。頭をさげる母親を右手に見ながら介護タクシーを走らせたワタシは車内で語り掛けた。

「○○、今日までな、明日からは食べ物・飲み物持ち込んだら駄目だよ、バス・タクシーは色んな人たちが利用する乗り物だからね、分かった?」

理解したようなしていないような不思議な物を見る目でワタシをルームミラー越しに見つめていたのだが、やはり、翌日もお皿に盛られた焼きそばを片手に持ちながらスタスタと歩いてきた。

ワタシはこう言った、母親の前で。

「○○、昨日、約束したよね。タクシーに食べ物飲み物は持ち込まないって。ここで食べるか、それか、学校帰ってきてから食べて。」

言葉のトーンを一定に、怒鳴りつけるように声を荒げるわけでも無く(ちゅうか、親の目の前でやれるほど神経図太くないしw)普通に語り掛けるように言葉を放った。肩をポンと軽く叩きながら。

するってぇと、そこで母親も追い込みをかけて「ほら、介護タクシーの運転手さんもそう言ってるでしょ?あと残り少ないから、、ほら。」と焼きそばを半ば強引に口へ運んだ。そこで感情が高ぶるのかと思いきや、むしろ、ニヤッと口角が上がった笑顔がそこにあった。

そこから介護タクシーを走らせる数分間、とても嬉しそうに・何だか叱られたことが嬉しかったのか、アハッと笑い声が車内にこだましていたのだ。

どうやら𠮟ったことは正しかったようだ。後日、母親からもよくぞ言ってくださいました的な言葉も頂いた。振り返ると昔ってぇのは親の言う事には反発するけど近所の雷親父やお節介おばぁの言う事は同じ内容ながらも聞き入れる・聞き入れられるという暗黙の空気・素地があった。

時代の変化により他人の子供を叱るという事の心理的ハードルは高いもののキチンと𠮟る理由を述べ、駄目なものは駄目と意思表示を行い、約束が守れた事を褒めるという流れがあれば子供はそれぞれにモラルというものを意識に浸み込ませながら成長するのだろう。

人様の子供を叱ることほど精神を疲労させるものはない、ましてや、現代はモラハラとかモンスターペアレンツなるカタカナ表記の言葉と概念が、昭和時代の雷親父にしごかれていたワタシ共にとっては腑に落ちない事もあったりするわけで。

これからも学びの日々は続きそうだ。

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花城 健

合同会社 代表社員兼 介護タクシーめぐり運転手  1978年 沖縄県・金武町生まれ   旅行をあきらめる障がい者・歩行に不安のある高齢者へ沖縄観光の成功を一緒に考え、現地ならではの情報提供を行い、ゆったり・ゆっくりの小旅行を企画する日本で数少ない駆け込み寺型の福祉・介護タクシードライバーでもある。 良質な情報に触れ・多少の不便を受け入れ・体験したいコトを明確にすれば、障がい者高齢者の旅行は必ず叶えられると確信しています。 THE  YELLOW MONKEYをこよなく愛す。 趣味・三線 読書 一人カラオケ ジムニ―イジり 落語・歌舞伎鑑賞 ウィングスーツ滑空妄想 資格: ヘルパー2級・視覚障害、身体障害者ガイドヘルパー・認知症サポーター・実務者研修(痰吸引・経管栄養)・手話3級・運行管理者(旅客)  実績事業: 障がい者外出の移動支援事業、高齢者通院支援事業を自治体より委託契約 身体障がい者福祉協会・会員の福祉向上送迎事業受託 発達障がい児通学送迎事業受託
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