コミュニケーションは言葉にこだわるな。言葉は時としてココロの通い合いを邪魔する事もある。

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人と人とが対話を交わす時。

自分の思いを相手に伝えたいとき。

時に゛それ゛で心が癒され、傷つき、笑いが生まれたり。

゛それ゛とは言葉。

つまり、言葉があってこそ我々はコミュニケーションが取れている。これなくして日常生活・仕事は成り立たないだろう。

いや、果たしてそうだろうか。ワタシは先日の介護タクシー車内でのある瞬間を目の当たりにした時、その常識を覆された思いだった。

視覚障がい者と聴覚障がい者とのやりとりに其れを感じた

とても興味深く、新鮮な瞬間だった。

介護タクシー最後部座席には聴覚障がい者が2人。お互いが手話でコミュニケーションを図る。

奥の補助シートに聴覚障がい者が、付き添い席に視覚障がい者が。

奥の補助シートに聴覚障がい者2人座っていた。

対して、その後部座席・斜め前に付き添い席がある。上記画像の座布団が敷かれている場所に視覚障がい者が座った。

3人をそれぞれの自宅へ送るべく運転をしている最中、ふと、ルームミラーを眺めると3人が楽しそうに交流を交わしている。もう少し、彼らの障害の状態を補足しよう。

奥の席に座する2人は音が聞き取れない聴覚障がい者。どちらも言葉を発することが出来ない。かろうじて「うぅ~、あぁ~」と発声するだけで言葉の会話は成り立たない。手話で対話を交わすのみだ。ワタシも拙いながらこのお二人には手話でやり取りをする。

対して視覚障がい者は視界が全く見えない方。真っ暗な視界で日常生活を送る方だ。

3人とも初対面ではなく、これまでに面識は何度かあった。その車内でのやり取りが面白かった。

視覚障がい者が後部座席の2人に言葉と身振り手振りで話しかけている。話しかけているとはいっても感覚でこの辺に2人がいるだろうという方向に顔を向けて言葉を発しているのだ。

「そういや、あんたら年いくつだっけ?」と視覚障がい者が2人に語り掛ける。

そうやって言葉を発しているわけだがその言葉が聞き取れないため・音が聞こえないため、普通に考えれば会話は成り立たない。ワタシもそりゃ無理だろう、と思い込んでいたのだが。

何やら、車内の雰囲気が盛り上がっている、楽しそうだ、いや、3人とも笑っているではないか!

チラチラ観察していると視覚障がい者は身振り手振りを加えてコミュニケーションを図っている姿勢。聴覚障がい者はその相手の手の平に指文字でひらがなを書いているのだろう、お互いがお互いの障害の状態を慮りながら確かに交流が生まれている。年齢の事を聞かれた聴覚障がい者が視覚障がい者の手を取って数字を書き込んだのだろう、

「えぇ~、あんた、ワタシと同い年なの?w」

3人に笑いが再び生まれ、そこから会話は進んでいった。

こんなことがあり得るんだ、目の見えない人と音の聞こえない人って対話が成り立つんだという事実に軽い衝撃を受けた。

この場を共有していたワタシは言葉って何だろうと考えた。会話は言葉ありきで成り立つものだがそれはある種、思い込みでもあるのかもしれない。例えば英会話5級レベルでも情熱と勢いと羞恥心をかなぐり捨てれば欧米人との対話は成り立つのだ。

それはワタシが今習得中の英会話レッスンでも経験済みだし、過去、アトピーの治療目的で中国・上海を行き来していたとき勉強中だった中国語と英語を駆使して宿泊ホテルのチェックインや飲食店でのお金の支払い、空港でのチェックイン・イミグレーション通過などをやりくりした。それはそれは神経をすり減らす思いだが熱意さえあればそれなりに事は進むのだ。

健常者は普段何気なく言葉というツールで会話を交わす。そのコミュニケーションではお互いが共通言語で感情をぶつけ合い論理的に対話をし、解決の糸口を探ったりお仕事の契約に結び付けたり、時に、異性とのつながりに亀裂を生むものになったり。

言葉が通じ合えるからこそ、通じると分かり切っているからこそ相手のココロを推し量る配慮が足りなくなるという事があったりするだろう。言葉のやり取りが通じ合わないからこそどうやって相手に自分の気持ちを伝えようかともがくだろう。

案外その方が相手に伝わるという時もある。

メラビアンの法則というものがある。

コミュニケーションとは次の要素と配分が絡み合って成り立つという法則だ。(拡大解釈が広まってメラビアン本人が唱えた事実と違うようだが)

ただ、参考になるのは間違いないのであえて表記させてもらった。

言葉の内容→     7%

声の抑揚・音量など→ 38%

ボディランゲージ→  55%

今回の運行ではボディランゲージの部分が彼らの対話に大きく関わったと感じた。伝わるように話すのではなく、伝えようとする話し方が重要なのだろう。どちらも同じ意味のように思えるがワタシの偏見では伝えようとする方が気持が強く感じられる。

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花城 健

合同会社 代表社員兼 介護タクシーめぐり運転手  1978年 沖縄県・金武町生まれ   旅行をあきらめる障がい者・歩行に不安のある高齢者へ沖縄観光の成功を一緒に考え、現地ならではの情報提供を行い、ゆったり・ゆっくりの小旅行を企画する日本で数少ない駆け込み寺型の福祉・介護タクシードライバーでもある。 良質な情報に触れ・多少の不便を受け入れ・体験したいコトを明確にすれば、障がい者高齢者の旅行は必ず叶えられると確信しています。 THE  YELLOW MONKEYをこよなく愛す。 趣味・三線 読書 一人カラオケ ジムニ―イジり 落語・歌舞伎鑑賞 ウィングスーツ滑空妄想 資格: ヘルパー2級・視覚障害、身体障害者ガイドヘルパー・認知症サポーター・実務者研修(痰吸引・経管栄養)・手話3級・運行管理者(旅客)  実績事業: 障がい者外出の移動支援事業、高齢者通院支援事業を自治体より委託契約 身体障がい者福祉協会・会員の福祉向上送迎事業受託 発達障がい児通学送迎事業受託
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