情報が豊富、、どころじゃない現代。
仕入れるという一点に関していえばこれほど環境が整った時代もないだろう。
これからもIT革新は進化することはあっても後退することはないと
確信できる。
便利さを享受した人間はその心地よい甘さから逃れられない。
(ITツールを活用したり、依存したり。IT開発者が上から笑っていたり)
あの頃は良かった。。
経験上、35歳を過ぎたあたりからこのセリフを
会話の端々に入れ込みたくなる感情はワタシが確実に初老街道を
まっしぐらに突き進んでいる証左なのです(笑)
学ぶためにどのような行動を起こしているか。
あなたは今現在よりも賢くなりたい、脳みそに充実細胞を詰め込みたい、
過去よりも
一センチでも成長したいと思ったなら
まず何に意識を向けるだろうか。
本を買う。
上司、先輩から教えを乞う。
ネット検索を駆使する。
リスペクトしている講師のセミナー・勉強会に参加する。
だいたいこんなところだろうか。
それではその本なり、先輩なり、講師なり
選択する基準ってどのようなもの?
何をきっかけとして動いたのか?
TVで・ネット上で見て明らかに影響力のある人で、その人の発言する事なら、と。
知り合いから強く勧められた。
評判がいい、実績が優れているなどの経歴をチェックして。
アクセス数が多いサイトを参考にする。
今の自分の価値観・好みに合っているから、講演に行っても楽しそうだから。
それで、そのような価値基準で行動して何かが得られただろうか。
新しい発見はあっただろうか。
脳みそに衝撃を食らうような学びはあったのだろうか。
ワタシが意図的に意識する事は。
あえて、
生理的に受け付けない人間の本だったり、ネット検索だったり、
生意気な物言いの講師のセミナーだったり。
世間からバッシングされている方の書籍だったり。
毒づいた発信者だったり。
そこから学びは必ずあるはずだ。
要は、自分の価値基準から逸脱している人の思想だったり、
思考方法だったりが気になるのだ。
何でそういう物事の捉え方が出来るのか?
どういう環境の下で育ったのか?
その人の歴史は何を経てその人物像を作り上げたのか?
嫌いだから知りたくもない、、という方の判断はそれでよし。
わざわざお金払って嫌な奴の本なんか買いたくもない、、、それもよし。
世間から支持されていないから大したことないだろう、、それもよし。
何故、そういった面倒くさい学びをするかと言うと、
自分の価値基準に近いとか、
居心地がイイとか、
それって、成長に繋がらない気がする。
3キロの鉄アレイをびゅんびゅん振り回して
いやー、今日も身体動かしたなー、これで筋肉もりもりだなー、
引き締まったボディ手に入れたなー、、、というような。
そうではなくて、3キロ持てるなら次は5キロにチャレンジするべきだろう。
いきなり5キロじゃなくても3.5でもいいし、4キロでもいいし。
適度なストレス・適度な負荷がかかって
人は成長するのでは。
また、
そういう判断では新しい引き出しが増えないのではないかと思うから。
知識・教養の引き出しはいくつでもあったほうがいいと感じるワタシは、
何らかのシチュエーション・想定外の場面に出くわしたとき、
その自分の価値基準から逸脱した人からの学びが
役立つような気がする。
あくまでも直感的なものだが。